林檎の街で暮らしてます

日々のこと、ペットの犬やネコのこと、心おもむくまま綴ります

イーゴ

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この子がきてから、ネコのかわいさに目覚めました。

出会いは、一昨年10月。

底冷えする朝、我が家の玄関前に踞っていた小さな生き物。

目やにで目が開けられず、ホコリまみれで灰色で、

ガラガラの声でつんざくように鳴く生き物は、

抱き上げてよく見るまでこねこには見えませんでした。

 

里親を探してあげるまでお世話するつもりでしたが、

今では我が家のわがままいっぱいの甘えん坊末っ子です。

でも、動物病院で全身をキレイに拭いてもらい、

目が見えるようになったイーゴが真っ先にしたことは、

首を180度回転して、

さっきから聞こえている、自分をここに連れてきた声の主の顔を確かめることでした。

この時にこの子は我が家で世話をしようと決めたように思います。

弱りすぎてるな、生きられるか分かりません、と獣医さんに言われたものの、

ありがたいことに、すくすく大きくなりました。

 

名前の由来は、黒と白で碁石みたいだから、とイーゴ(囲碁)。

息子はイーゴがきてから、

囲碁で勝ち星が多くなったと言っています(笑)

最近、もうあと一歩で7段になれないらしい。

出来の悪いお兄ちゃんを助けてあげてね、イーゴ。

7段なったら、きっと焼き鰹もらえるよ。

 

 

ルパート

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7歳、キャバリアキングチャールズスパニエルのオス。

我が家では息子がルパートと本名で呼びぐらいで、

稀に怒られるとき以外は、ルルー、ルーちゃん、ルーすけ、と呼ばれています。

犬は家族に順位付けするといいますが、

わたしが見たところ彼にはそんなものは無いのではないか、と感じます。

 

人が好きで、おっとりとしていて、

あんまりコマンドを覚えるのは得意じゃないけど、

イーゴに噛まれても、何度でもしっぽを振りながら側に寄り添っていくし、

息子の元気がないとき、隣で長時間でもそっと座っている。

やさしさが結晶して出来たかのような我が家の愛犬。

 

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さ、お散歩いこうか、ルーちゃん。

 

京都へ行ってきました④

金閣寺入り口付近では、

般若心経の写経体験ができるそうで、

ちょっと興味がありましたが、

歩くスピードは全く緩めず境内へin。

 

急に視界が開けたと思った瞬間、

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この景色がもれなく目に飛び込んできてくれるように、境内は設計されております。

うーん、と唸る素晴らしい視覚効果ですね。

この日は風がなく、きれいな鏡面反射で

金閣寺内の建具などの装飾まで池に写りこんでおりました。

上の写真、分かりましたでしょうか。上下逆です。

これでも十分通用するような感じしませんか。

 

 

2、3階のキラキラ感大放出中の下、

ひっそりと彼らを支える1階漆喰の壁の白さが個人的には好感です。

 

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これは、息子お気に入りのてっぺんの鳳凰。

こうやってみると、当然でしょうが、細部まで全く手を抜かないのが分かります。

羽の模様細工とか、尾の反りとか。

 

 

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元々は義満公のfavorite盆栽であったとか、ないとか。

きらきらとおれ様ナンバー1オーラを飛ばす金閣寺横にて、

まだまだ負けられぬというスター感がある松です。

紅白歌合戦でいうところの、嵐の隣の北島三郎とか。

(ごめんなさい、よく知らないのに言ってみた。)

 

ちなみに、金閣寺の入館チケットはお札なのですが(子供用は学業成就)

境内に何カ所かお札不要の人用の回収ボックスが設置されており、

私の目の前でも外国の方が利用されていました。

 

宗教に関しては、私にはこだわりはありませんが、

八百万くらい神様がいて下さった方が、色んな方面に融通が効くんじゃないかしら、

とか、どなたかは見捨てないでいてくれるんじゃないかしらという都合のいい期待も込めて、私は日本人のこの寛容さが好きです。

 

というわけで京都観光終了し、

夜、新幹線を

降りた時から(新)青森駅は雪の中、で

北へ向かう新幹線に長時間乗ってた乗客は疲れで誰も無口でした(笑)

当たってるのね、あの歌詞。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都へ行ってきました③

仁和寺を出た我々、

きぬかけの路を通って(というか、道なり)龍安寺へ。

このきぬかけの路ですが、

宇多天皇の、夏だけど雪見がしたい、という我が儘風流を叶えるため、

衣笠山をすっぽり白い絹で覆って、雪景色にみせたことが由来とか。

山に続く道が現在のきぬかけの路です。

いや、宇多天皇それでいいのか、

ないものねだりしないで、その折々の季節楽しみなよ、と思った途端、

夏に冷房(冬景色)、冬に暖房(夏景色)を求める自分と何ら変わらないことに気づきました。

 

さて、龍安寺です。

石庭(案外こじんまり)と

吾唯足知の蹲踞(つくばい)(これもとてもこじんまり)

で有名なお寺ですが、私が見たい襖絵は非公開。

琴棋書画図や昇り龍、下り龍見たかったな。

先ほどwikiで初めて知りましたが,蹲踞レプリカですって。

石庭は人が沢山で、寺には静けさを求める息子の希望で早々に退散。

唯一の龍安寺の写真はこちら↓

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 西の庭から鏡容池へと流れる小川で、浅い流れと紅葉がとても趣深いです。

 

最終目的地、金閣寺を目指しながら、道々考えました。

エジソンは必要は発明の母といいましたが、

われただ足るを知るという静かな生き方はあまりにも無欲で清らかで、

現代の社会(意識的であれ無意識であれ競争社会)と接点はあるのだろうかと。

そもそも接点という考えがおかしい。

とりあえず、日常起こる好むこと好ましくないこと、

すべてが成るように成っていると受け入れるということか。

 

などつれづれ考えているうちに、金閣寺へとなむ着きに ける。。

 

京都へ行ってきました②

京都2日目。

ミッション。金閣寺を見よう。

15時の新幹線に乗るため、あれこれ回っている時間はないと

金閣寺周辺を攻略することを決定。

まずは仁和寺。京都駅から電車で4駅の花園駅で下車。

私のイメージでは、

世界遺産 仁和寺はこちら☞(徒歩15分)

の看板があるはずでしたが、特に見当たらず‥

仕方がないので、観光マップを見ながらひたすら住宅地をてくてく歩く。

疲れてきたころ到着した仁和寺は素晴らしかったです。

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仁王門からまっすぐのびる参道(画像はお借りしました)

御室桜は、花芽を付け、春咲く準備を着々と進めておりました。

結論から言ってしまえば、

私の中では、その後の龍安寺金閣寺よりも仁和寺が一番でした。

なんか、ほんとごめんなさい。

あれでしょ、仁和寺って酔っぱらって大変なことしてるお坊さん(鼎が頭から抜けなくなったはず)がいたお寺でしょ、としか認識してなくて。

でも私にこれを教えたのは兼好法師であって、

本当にあのおじさんはあれこれ言いふらして困ったものよね。

やはり百聞は一見にしかずだわ。(私は一聞にして勝手に決めつけてましたが)

宸殿も拝観してきました。お香のいい香りがします。

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素敵。。御室流華道の家元でもあるそうです。

私は襖絵を見るのが趣味ですが、ため息ものの連続でした。

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薄暗い室内に、白い桜が浮かび上がり、とても幻想的。

 

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これは、なんかかわいい。

 

そんなこんなで(端折りすぎですが)仁和寺を夢見心地で後にしたのでした。

 

京都へ行ってきました①

そうだ、京都へ行こう。。と気軽に行ける場所に在住していないため、

息子の囲碁大会後、

途中下車で京都をピンポイントで観光してきました。

夕方京都駅へ着き、コインロッカーに荷物を押し込み、

日が暮れる前に急いで清水寺へ。

 

日本語よりも中国語が前後左右からひゅんひゅん飛んできます。

中国語の音は、外向的ですね。反対に日本語は内向的な響きだと思います。

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音羽の瀧(ここも15分待ちの行列)より清水の舞台を望む

 

観光客で、年の瀬のような混みで、もはや初詣を先取りした気分。

息子は本堂を覗き込んで、いつかここで囲碁を打ちたい。とのこと。

うーん、それをかなえる財力と権力は我が家にはないため、

実力でいつかどうぞ。。。

今回は、八つ橋しゅう(抹茶味)を食べて帰りましょう♬

 

というわけで、日が暮れ、第一日目京都観光終了。

 

 

 

 

 

 

 

ドリームコンサート

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11月30日にドリームコンサート< NHK交響楽団メンバーによる弦楽の響き>を息子と聴きにいって参りました。

行こうと誘っても仕事が忙しいからと、もごもごと断る主人と違って、

うちの子は本当に二つ返事で付き合ってくれるので、こういう時とても便利。

プログラムは以下の通りでした。

 

前奏曲・主題と変奏             ロッシーニ

小さなワルツ                クーセヴィツキー

ヴォカリーズ(14の歌曲集より終曲)     ラフマニノフ

愛の喜び・愛の悲しみ・美しきロスマリン   クライスラー

タイスの瞑想曲(歌劇「タイス」より間奏曲) マスネ

チャルダッシュ               モンティ

ホルン五重奏曲 変ホ長調          ホフマイスター

ホルンと弦楽合奏のためのソナタより第2番  ケルビーニ

 

 

ホルンの日高剛氏の柔らかで伸びやかな音に心が暖かくなり、

コントラバスの本間達朗氏の響きは素直でじんわりと包み込むようで、

遠赤外線効果のある暖かな素晴らしい演奏でした。

 

いつも常々感じますが、その人の考え方、生き方が音に出てるなあと思います。

バレエダンサーの岩田守弘さんが、

舞台は怖い、その人のすべてが見え、丸裸になるから、

というようなお話をされていましたが、

私たちが、音楽なり、絵画なりに触れるとき、

表現者から受け取るものは、

彼らの辿ってきた人生の軌跡そのものであると思います。

 

息子もとても楽しかったそうで、

第一ヴァイオリンをつとめた村上和邦さんがとても良かった、

体の中からリズムが溢れて、波みたいに、ワルツみたいに僕まで来た、

と話しておりました。

確かに本当に素敵なヴァイオリンでした。

 

いい気分で、凍結した道路にキラキラと反射するイルミネーションを眺めながら帰宅しました。

 

ドアを開けたら、待ち構えていたイーゴ。

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 どこいってたにゃ。ゴハンにゃ。